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一度は投げ出しかけた夢。G.A.でしか取り戻せなかった。Naoko Anzai
逃げずに、正面から立ち向かう―その大切さを学んだ営業の1年半。Shinsuke Aoki
絶対負けない、あきらめない。気持ちがあれば、乗り越えられる。Daiki Miyamoto
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[Staff Interview]逃げずに、正面から立ち向かう―その大切さを学んだ営業の1年半。青木辰輔
2013年3月 立命館大学大学院経営管理研究科修了
2013年4月 G.A.コンサルタンツ入社。大阪本社勤務
2013年7月 東海支社 ASEAN人材事業部配属。営業担当
■冷や汗の3ヶ月。でも逃げなかった、負けなかった。

青木辰輔の故郷は愛媛県。名古屋に来たのは、入社1年目の7月に東海支社に配属された時が最初でした。不慣れな土地柄、耳慣れない言葉。人のつながりもない中で、最初の3ヶ月は、営業担当として何ひとつ成果をあげられないままでした。毎日必死に電話でアポを取り、お客様を訪ね、ベトナム人技術者の採用を働きかけても、なかなか良い返事はいただけません。「受注ゼロ」の日々。どうして結果を出せないのか―。生まれつき考え込んでしまう性格だけに、表面では明るく振る舞いながらも、心の中では常に葛藤がありました。何とか自力で乗り越えてみせようと、営業のハウツー本を読み漁ってはみるものの、小手先のテクニックや付け焼き刃が“真剣勝負”の商談の場で通用するはずもありません。ましてベトナム人の気質や職業観、在留申請の方法や入国管理法の規定など、営業に欠かせない幅広い知識も、入社1年目では持ち合わせがありません。お客様の質問にうまく答えることができず、「持ち帰って調べてきます」と答えるのが精一杯。冷や汗ばかりかいていた3ヶ月間でした。

でもひとつだけ、忘れなかったことがあります。それは、どんなに苦しくても逃げずに正面からぶつかること。お客様の質問に苦し紛れに「調べてきます」と答えた時も、事務所に戻るとすぐに資料をあたり、上司や先輩に相談を持ちかけ、必死になって調べて期日までに必ず回答するように心がけました。そうした努力を積み重ねていく中で少しずつ知識が蓄積され、引き出しが増え、質問にも的確に答えられるようになっていきました。名古屋での初受注をあげたのは、10月頃。名古屋配属から半年余りが過ぎた頃からは、受注額も右肩上がり。入社1年目が終わりに近づいた頃には、あるお客様から「ウチで営業をやらない?」と持ちかけられたことも。いくらお客様の申し出でも、そればかりは首を縦に振るわけにはいきません。でも自分の営業の力が評価されたことが、どれほどうれしかったか。社会人として何とかやっていけそうだ―そんな手応えと自信を初めて感じた瞬間でもありました。

■人生まで変えてしまうほどの責任ある仕事という自覚

青木辰輔がG.A.コンサルタンツに入社したのは、「ベトナム」が取り持つ縁でした。人材サービスの業界にはほとんど関心はなかったものの、修士論文でベトナムのネット市場について書いたこともあって、ふと説明会に参加したのがキッカケでした。『参加してみると、説明会場は地味な貸会議室。パンフレットも要点をまとめたシンプルな作りで、“なんて控えめな会社なんだ”と思いました(笑)。最近は、小さなベンチャー企業でさえホテルのバンケットルームを借りたり、派手な演出で学生を引きつけるのに躍起です。それだけに、その控えめさに逆に好感を持ちました』。また海外から優秀な人材を日本に受け入れ、人口減少が加速する日本にかつての輝きを取り戻したいという考え方や理念にも、大いに共感。営業の仕事を通じてビジネスに必要なスキルと経験を身に付けたいという思いもあり、入社を決めました。日本が、世界中の優秀な人たちの目に魅力ある国、行ってみたい国として映るよう、一人でも多くのベトナム人技術者が日本で活躍する手助けがしたい―。それが今も、青木の忙しい毎日を乗り越えるモチベーションになっています。

そんな青木辰輔にとって忘れられない出来事は、あるお客様から食事の席に誘われた時のこと。その食事の席で、青木のもとに日本で働き始めたばかりの一人のベトナム人エンジニアがやってきて、こう言ったのです。「日本で働くチャンスをありがとう。私は、ずっと日本で働きたいです」。その時の感動を、青木は今でもうまく言葉にできません。それまでの青木にとって営業の仕事とは、優秀なベトナム人技術者を見つけだし、入管手続きなど日本で働き始めるまでをコーディネートし、人材不足に悩むお客様のお役に立つこと。それがすべてといって過言ではありませんでした。でも、やっと覚えた片言の日本語で、一生懸命自分に語りかけるベトナム人技術者の姿を見て、営業という仕事が一人のベトナム人の人生をも左右するという事実にあらためて気付かされ、この仕事の奥深さと責任の大きさを痛感せずにはいられませんでした。営業の仕事は苦しくて、厳しいもの。でも時々、こんな素晴らしい瞬間とも出会うことができる。青木は、そのことを身をもって知りました。

■自由な気風の中で次に見る夢

東海支社に配属されて1年半。営業担当として一人立ちし、今や名古屋になくてはならない存在になった青木辰輔。でも乗り越えなくてはならない課題は、まだいくつもあります。管轄エリアには、自動車、二輪車、航空機、電機など、日本のモノづくりを支える基幹産業が集積しています。これまで東京・大阪を中心に事業を拡大してきたGAにとって、中部東海圏はこれからの成長を考えた時、とても重要な地域であり、自らに与えられた責任と使命を自覚しながら懸命に市場開拓にあたっています。また最近は、ほとんど手つかずのままになっているエリアの開拓にも積極的に取り組むようにもなりました。未開拓の市場を自らの手で切り拓き、会社にとって不可欠な存在になること。それが今いちばんの目標です。『GAでは、今、ASEAN諸国全体に視野を広げ、ベトナム以外の国でも新たなビジネスを立ち上げようと取り組みを始めています。そんな中、営業で培った知識と経験をベースにしながら、いずれは自分の手で従来にない新しいビジネスモデルをつくりあげ、社内で旋風を巻き起こしてやりたいですね(笑)』。と、話す青木。思うように成果をあげられず、苦しみ悩んだ毎日を送った入社1年目の弱々しい姿は、もうどこにもありません。

では青木の目に、G.A.コンサルタンツという会社は、どのように映っているのでしょう。『GAは、バックグラウンドが違えば、考え方も価値観も違う多様な人たちが“ひとつ屋根の下”に集まってできている。大学の学部学科だってバラバラだし、「ベトナムが大好き」という人がいるかと思えば、僕みたいに仕事を通じて成長したいと考えて入社した人間もいて、将来は自分の会社を持ちたいと堂々と公言する人も大勢います。そんな多様な人たちの集まりだからこそ、社内には自由な空気がみなぎっているし、自分を演じる必要などなく、自然体のままで仕事に打ち込める。自分の意志を貫き通し、やりたいことができるんです。それがいちばんの魅力ではないでしょうか。そんな中で、思い切り自分の可能性というものを試してみたいと思っています』。厳しさも苦しさも乗り越えて、青木は、自由に飛び回る翼を手に入れました。

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